こうして『Ghostwire: Tokyo』の渋谷は誕生した――メイキング・オブ・シブヤ特別インタビュー

どこまでもビジュアルと世界観を先行した作り

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ほとんどのゲームは遊びから始まる。「遊びの仕組みを考えるのが最初で、世界観やキャラクターを当てはめていくのはその次だ」。マリオやゼルダの生みの親である宮本茂氏やフロム・ソフトウェアの宮崎英孝氏など、偉大なゲームクリエイターの多くはこのようなことを語ってきた。しかし、『Ghostwire: Tokyo』はそうではなかった。

「最初に東京という街を作って、その後にシナリオやゲームデザインをはめていったという感じですね」と本作のディレクターを務めた木村憲司氏(以下、木村D)は言う。

「その分、シナリオやゲームデザインを考えてはめるのがめちゃくちゃ大変でした(苦笑)」

木村Dが言うと、その横に座るプロデューサーの木村雅人氏(以下、木村P)も笑いながら頷いた。

「『Ghostwire: Tokyo』は渋谷という街自体がもうひとりの主人公なんですよね。カッコいい東京というところから作って、そこにお話とかゲームをはめていったんですけど、ものすごい苦労をして……。決してオススメできるような作り方ではなかったと思っています」

変則的な作り方をする分だけ苦労も多い、ということなのかもしれない。しかし、その結果として唯一無二の舞台ができたこともまた事実だろう。本作のフィールドを平均的なオープンワールドと比較すると少し狭いが、その作り込みやディテールは「オープンワールド離れ」していると言えよう。

怪異都市東京という舞台を最優先した作り方

開発陣がロケハン時に撮影した写真たち。

「遊び」よりも「舞台を作る」ところから始まった作業工程と聞いて、僕は驚くよりも「やっぱりね」という感想を抱いた。僕がゲームでここまで作り込まれた街を歩いたのは、それこそ「シェンムー」以来かもしれない。奇しくも、同作もまた舞台や世界観をゲーム性より重視した形跡が残っている。

「ゲーム的にこうすれば面白い、こういう風に作りたいと言ったとしても、『それはリアリティがないから』と言われたらNGになる」と『シェンムー』のプランナーだった笠原英伍氏は、当時のことを振り返っている。これは「街の探索、あるいはパラノーマル東京観光の邪魔になるようだったらそのアイディアはなし」という基準で作ったという木村Dの発言と被っている。ただ、「リアリティ」と「パラノーマル」というキーワードはむしろ対照的だ。

『Ghostwire: Tokyo』の渋谷はリアルな設定の街ではない。完全なホラー体験というわけではないのかもしれないが、ホラーゲームを作ってきたTango Gameworksならではの怪異都市が広がっているのだ。

「最初は『サイコブレイク』の続編として企画がスタートしました。でも、その体で動いていた期間は非常に短くて、東京を舞台にすると決まった時点で『それはもはやサイコブレイクじゃないよね』という話になって、新規IPとして展開することになりました。僕らが東京・渋谷を作っていくとすれば、何が面白いのか、どこが東京のいいところなのか。もう一度東京の街を歩き直して、その魅力を再発見していくところから始まっていった感じですね」と木村Pが企画段階の頃を振り返った。

謎の般若面の人物が街から人々を消し、誰もいなくなった渋谷。最終的に落ち着いた方向性は、いかにもTango Gameworksらしい東京、と言えるかもしれない。だが、怪異都市でありながら、街の作り方そのものはリアルであり、アクセントとして怪異現象が加わっている。

 

「すごいファンタジーじゃなくて、日常のすぐ隣にある非日常」

木村Dは『Ghostwire: Tokyo』の世界観をこのように形容する。数えきれないネオンの看板が光る繁華街、ナンバープレートまで作り込まれた車やバス、薄汚れた雑居ビル。だが、よく見てみると何かがおかしい。電子看板が何の前触れもなしにバグったり、道路の上の白線が動いたりしていくと、リアルに作り込まれた街がいつのまにか歪んで見える。

「このようなパラノーマル演出をどの程度入れるのかが本当に難しい問題でした。やりすぎてもダメだし、結局はほとんど手置きで配置しました」とパラノーマルエフェクトデザイナーの藤井淳也氏は述懐する。

同じくして、リードエンバイロンメンタルデザイナーを務めた陣田拓哉氏も、本作の東京を再現するのに、ほとんどのオブジェクトはランダムではなく手置きで配置したと言う。

「環境デザインも、配置はほとんど手作業でしたね。すべてのオブジェクトをスタッフがそれぞれの管轄しているエリアで、手で配置していきましたから。最初、ビルの外観やタイルの色はさすがにランダムで生成されるようになってたんですけど、どうしてもランダム任せだけだと気に入らない部分が出てきて、渋谷全体を3人くらいでひたすら毎日ブラッシュアップする作業をしてましたね。『この通りを曲がったときの見た目だとこっちの色の方がいいよね』という感じで、手作業でアレンジしていきました」と陣田氏。

「データの締め切りぎりぎりか、ちょっと超えたくらいまで、ずっと背景のブラッシュアップをしてましたね(笑)」と木村Dも思い出し、陣田氏と藤井氏の熱意がチーム全体を引き上げたと言う。

「我々は日本人として日本の景色を見て育ってきたので、適当な配置はちょっと許されないという気持ちもあって、ここまで細かい配置ができたのかなと思います」と木村D。

日本のスタジオでなければ描けなかった東京がこのゲームにはある。木村Dの発言から、私はそのことを再認識した。手作業による細かいディテールへのこだわりだけでなく、このゲームにうろつく「東京の魂」も、海外スタジオには到底描けなかったのだろう。

開発陣が日本の中からでも東京・渋谷を選んだ理由のひとつは、人々がいなくなったときの変化に気付きやすいためだと言う。

「人がいなくなったときのギャップが一番出るのは人が集まるところなので、それもあって渋谷のスクランブル交差点から始まるようになっています。渋谷はすごくディテールのある街ですけど、実はその半分以上が人混みだったりします。人のまったくいない渋谷って、ディテールがそこまでない通りもあったりして、早朝に見てみるといやにすっきりしてるんですよね」と陣田氏。

渋谷のスクランブル交差点やセンター街といった『Ghostwire: Tokyo』の序盤で訪れるエリアは世界的にも有名で、コロナ前は観光地としても賑わっていた。日本人にとっても、緻密に再現された東京の街は興味深く、レイトレーシングを活用した美麗なビジュアルに圧倒される。木村Pによると、本作は海外のいわゆるAAAタイトルと比較すると小さい開発規模のゲームだった。それでもこのレベルの映像を作れたのは、世界設定やコンセプトをビジュアル先行で構築したからだと言う。

「すごくビジュアル先行のゲームなんですよ。一人称視点のゲームで、人もいない。膨大な数のキャラクターやアニメーションを描くリソースをすべて街の作り込みに割り当てられるわけです。最初から最後までビジュアル先行というのを守って作ったからこそ、ここまでの表現ができたのかなと思います」

スクランブル交差点を渡ってセンター街を歩き始めると、実在する店舗のパロディー看板に目が行く。『龍が如く』のように実在する店舗のライセンスでゲームの看板をリアルに再現する作品もある。だが、木村Pはあえてそうしないことで、「Tango Gameworksだけの東京」を作ることができたと言う。

「ライセンスをとりにいくことも考えたんですけど、それではただの再現になってしまうじゃないですか。僕らはもっとユニークで面白い東京にしたかったんです。作る方も、その方が楽しいと思うんですよね。看板やお店の外観はデザイナーのための遊び場であって、そこで自分たちのオリジナリティを発揮することができたと思います。SNSで元ネタに気付いて喜んでくれるユーザーの皆さんからの反響も想像以上で、やってよかったと思います」と木村P。

「看板に対する反応は全然予想してなかったんですよ。得意なスタッフが入れたくて入れたものばかりですが、僕も発売後に動画とかレビューを見て初めて元ネタに気付くというのも結構あって(笑)」と陣田氏も驚いたそうだ。

このゲームにうろつく東京の「魂」について

渋谷駅周辺の再現や面白いパロディー看板は『Ghostwire: Tokyo』の始まりに過ぎない。駅から離れていけば離れていくほど街は寂れていき、世界的大都市としての東京とはまた違った顔を見せていく。閑静な住宅街、薄汚れた団地、レトロ感たっぷりのショッピングアーケード。そして、Tango Gameworksが本当に見せたかったのは、観光地よりもむしろ東京の普段着だったのではないだろうか、と気付く。

「確かにそれはありますね……。東京の魅力って何なのかと考えたときに、実は代表的な交差点とかではなくて、むしろ裏通りとか、ごちゃごちゃした路地裏とか、ちょっと閑静な住宅街、寂れたアーケード街とか、そういう何かが潜んでいそうな場所を優先的に表現したいなというのがあったんです。暗がりから向こうに見えるちょっとしたネオンのきらめいた雑居ビル街があって、さらにその向こうにはカゲリエという超高層ビルの未来都市が見える、と。僕の中での東京の魅力はそういう薄暗い、ちょっとレトロな街並みとのギャップで、そこを一番表現したいと思っていました」と陣田氏は語る。

陣田氏の見せたい東京と木村Dの表現したい「日常のすぐ隣にある、ちょっと不気味な何か」が絶妙にマッチした。リアルに作り込まれた未来都市のすぐそばにある薄暗い脇道で目にした怪異現象が、「本当にどこかにあるかもしれない」と思えてくるのだ。

実際の渋谷をそのまま再現するのではなく、各エリアに変化をつけることによって、渋谷だけではなかなか伝わらない東京の多様性が表現されている点も興味深い。渋谷の未来的な都市風景に留まった表現なら、怪異現象にもこれほどの説得力はなかったはずだ。しかし、『Ghostwire: Tokyo』のマップは最初からエリアごとの特徴があったわけではないらしい。

「このゲームで東京を表現するときに、『絶対あるよね』というオブジェクトをまず洗い出したんですよ。信号、交通標識、ビルの看板とか。そういうものをいったんリストアップして、最初は何も考えずにマップの全体にひたすら数を配置していったんです。すると、どこも同じ景色にはなっちゃうんですけど、いったん東京の街並みができるんですよ。で、次のステップとして街をいくつかのエリアに分けて、それぞれの特徴づけを計画していきました。それこそ谷中銀座を模したエリアだったり、昔ながらの団地だったり、東京のいろんな側面をひとつのマップに表現できたのかなと思います」と陣田氏。

『Ghostwire: Tokyo』のマップは確かに、実際の渋谷にはないようなエリアがいろいろあり、東京の様々な特徴を「いいとこどり」して1つのマップに圧縮させたと言える。だが、「谷中銀座」を除いて、「ここだ」と特定できる渋谷以外のエリアはあまりない。

「東京の特定の地域そのものを再現した場所はそんなに多くなくて、それぞれの要素をうまく混ぜたのがほとんどですね。例えば、ゲームに登場する団地は仙川団地という、映画の舞台にもなった場所を参考にしましたけど、渋谷に近い団地ということで青山の方にあった古い団地も取材しています。青山北町アパートという古い団地群です。今は再開発でなくなったんですけど、取材した2、3年前はまだありました。青山通りのおしゃれな店がある裏側にあって、不思議なギャップを感じましたね。まさに『Ghostwire: Tokyo』に出てきそうな場所でした」と陣田氏はモデルになったエリアについて明かしてくれた。

「カゲリエなんかも現実の渋谷にあるヒカリエをそのまま再現したというわけではないんです。東京のいろんなところで再開発のプロジェクトがあって、例えばコレド室町という日本橋にある商業施設も参考にしています。ショッピングモールやオフィスが立ち並んだ複合施設で、和モダンのような建築やインテリアで、海外の方が連想する日本が集約されていると感じたので、カゲリエに当て込んでいますね」

このように、街の様々な側面を融合して完成した『Ghostwire: Tokyo』のマップだが、陣田氏はまだまだ表現できていない東京もたくさんあると言う。

「東京全体を見渡すと魅力的な場所はまだまだ無数にあって……。最初の計画では『Ghostwire: Tokyo』の舞台はもう少し広くて、いろんなアイディアを入れていたんですけど、徒歩で移動するというバランスを考えて今のマップサイズに落ち着いたんです。その結果として、入れられなかったロケーションは山ほどあるので、そういうものを寄せ集めて、いつかまた新しい東京を作りたいですね」

陣田氏だけでなく、木村Dも『Ghostwire: Tokyo』という作品の今後に対する意欲を語った。

「僕としても非常に手ごたえを感じたプロジェクトですので、もう少し落ち着いて、冷静になったときにDLCや続編のアイディアがでてきて、作りたくなるんだろうなと思います。まだ何も決まっていないので、それ以上のことはちょっとお伝えすることはできないんですけど」

現実世界ならなかなか行けないところまで

『Ghostwire: Tokyo』のマップにおいて、筆者が感動したもう1つのポイントといえば高低差だ。東京は坂道の多い街だが、それがゲームにもしっかりと反映されている。坂道が多く存在し、階段も豊富にあり、高台の上に公園や民家に神社がある。既存のオープンワールドの街においても、ここまでの高低差は珍しいはずだ。

「坂は東京の大きな特徴なので、そう言っていただけるのはうれしいですね。ただ、もっと入れたかったというのが正直なところですね」と陣田氏。

「表現として『坂』は絶対に入れたいものだったんですけど、坂道にすると途端にコストが格段にあがって……(笑)オブジェクトの配置なども、平坦な道だと横軸と奥行きだけ気にしていればできますが、坂道にするだけで一気に視野に入れないといけないものがいろいろ増えるんです。それもあって、最初は『平らなままの方がいいんじゃないか』という話になって、道玄坂も最初は平坦でした。ただ、駅からすぐ近くにあるアイコニックな場所なので、さすがに坂道でないと納得してもらえないだろうということで、途中でかなり大胆な変更をしましたね」

もう1つ、『Ghostwire: Tokyo』における高低差の表現としては高層ビルや雑居ビルにも触れないといけない。空に広がるユニークな建築物の数々が、本物の東京さながらのディテールと密度を誇っている。しかも、そのほとんどすべての屋上に上がって探索できるという驚異的な作り込みである。これを悟ったとき、筆者は『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のすべての山を登れる感動に劣らない衝撃を味わった。

「ビルの屋上に登るというのは最初からあったアイディアですね。ただ、天狗にグラップリングして一気に登るという手段はなく、徒歩で階段や梯子とたまにあるエレベータでしか上がれない状況でした。非常階段をぐるぐる上がっていくというのは、ゲームのテンポとしてなかなかきついものがありました(笑)」と陣田氏。

「そこで天狗にグラップルするシステムが入りました。ただ、どこもグラップルできてすべての建物に登ることができれば、背景のバグが多発するのではと心配でした。実際にもバグの対応数は僕にとって史上最高の数でした(苦笑)。とはいえ、それでも思ったほど多くなかったですね。ただ、ビルの上から見たときの景色を常に意識しないといけないのは大変でした。1つ1つの通りを見るだけじゃなくて、上には別の世界が広がっているので、変更があったときは上からの見た目も常にチェックしないといけないという状態でした」

聞いているだけで実装の大変さが見えてくるが、そもそもなぜ『Ghostwire: Tokyo』の建物の上に行けるようになっているのか。筆者のように探索が好きなタイプのプレイヤーにとってはたまらないものがあったが、ゲーム的な遊びとの繋がりは薄かったように思う。

「街に高いビルがあったら、それは登りたいよね、と。もう……そういう単純な発想ですね(笑)」と木村D。

「例えばSHIBUYA109を模したSHIBUYA429があったら、登って上に何があるのか見たいだろうし、そこから渋谷の駅を見て楽しみたいだろうなー、と。であれば、登れる方法を作ろうという感じですね。……で、その後にレベルデザインやミッションの流れに組み込むときに『どうしよう』と悩む感じですね(笑)」

建物の上に行けるようにするというアイディアもまた、ゲームデザイン先行の作り方ではなかったというわけだ。1つでも多くの遊びやクエストを導入することよりも、とにかくプレイヤーの探索欲求に答えることが『Ghostwire: Tokyo』というゲームなのだろう。筆者はどうしても『Everybody’s Gone to the Rapture -幸福な消失-』や『Firewatch』といったウォーキングシミュレーターと通ずる哲学を感じずにはいられない。

現に、木村Dや陣田氏に影響を受けたゲームについて尋ねても「影響を受けたのは他のゲームではなく、東京の街を歩くことそのもの」と言う。ウォーキングシミュレーターと同様に、『Ghostwire: Tokyo』という体験は「歩く」から始まっているわけだ。

「あまり褒められたことではないのかもしれませんが、幼少期に友達と一緒に知らないマンションや街の外廊下を歩いてみたりした記憶が強烈に残っていて、もしゲームで街を作るんだったら、そういうところを自由に歩けたら楽しいだろうな、と思いました。気になるところがあったらどれも行ってみたくなるけど、現実だったらなかなかできないじゃないですか。そこで、『Ghostwire: Tokyo』では思う存分に東京の街を探検してほしいという気持ちを込めて作りました」と陣田氏は幼少期からある探索欲求をゲームにぶつけたエピソードを語った。

確かに、『Ghostwire: Tokyo』の探索の醍醐味の1つは何も気にせずに他人の私有地に侵入できてしまうことだ。ゲームだから許されるということはもちろんあるし、人々が消えたという設定なので倫理的な躊躇も発生しにくい。だが、何よりも驚異的であるのはそういった探索を可能にしてくれる作り込みだ。高層マンションの各階の廊下をすべて歩けたり、どの一軒家も塀を飛び越えて敷地内に入れてしまう。中に入れる建物も少なくない。それも、現実世界でも躊躇なく入れるレストランやお店ではなく、民家が多い。

「街を歩いていると必ず『この家の中はどうなってるんだろう』と気になる場所がでてきて、でも用もなく入ることはできないじゃないですか。ゴミ屋敷や解体前の雑居ビルなど、現実世界だったら絶対に入らないようなところを、ゲームだったら探索できるというのがやりたかったんです。なので、他のゲームとはちょっと違うスポットに力を入れていると思いますね」

ここで木村Dの表現したい怪異現象が生きてくる。人々が消える前の痕跡が細かく残った建物の中を探索すると彼らの普段の生活がわかり、抱えていた闇がプレイヤーに襲い掛かる。建物内の空間が歪むことも珍しくなく、魂だけ残った東京の人々の精神世界へと誘われたような体験ができる。

「ロジックで説明できてしまう風景だけだと面白くないので、ちょっと不気味だったり、不思議だったりする光景を楽しんでほしかったです。パラノーマルな東京を観光してもらいたかったんですね。こうしたパラノーマル演出は基本的に藤井さんがリードしています。シナリオの最低限のことだけ伝えて、あとは藤井さん自身が感じたことを表現してもらっています」

木村Dの発言からすると、『Ghostwire: Tokyo』は同氏のディレクターとしてのビジョンも当然ありながら、このプロジェクトに携わった1人ひとりのスタッフの思いが込められた作品なのだとわかる。例えば、街には消えた人々の衣服や物品が落ちている。人々がいない代わりに、彼らの存在感をプレイヤーに伝える演出として、衣服や物品を残すというアイディアはプロジェクトの初期段階からあったらしい。だが、その落とし込み具合は藤井氏はじめ背景チームが趣向を凝らした演出が効いている。

「地面に落ちている衣服については、写真から立体を起こしていますね。実際に服を地面に落として、歩いていた人がいなくなったらその服がどういう状態で残るのかをシミュレートして、それを360度で撮影してゲームに落とし込むというのを初期のイメージ段階でやっていました」と藤井氏。

背景チームはマップ全体にこうした衣服や物品を配置していった。プレイした筆者にとって、これは『Ghostwire: Tokyo』という街を特徴づける重要なディテールだった。この舞台は人々が現在進行形で生活する場所でもなければ、人々が消えてから時間の経った廃墟でもない。ほんの少し前まで、ここに彼らはいたのだ。タクシーの前に落ちている衣服を見ると「タクシーに乗って逃げようとしたのか」とわかり、トイレの洗面台の横に女性の鞄が置いてあるのを見ると「化粧をしている間に急に消されてしまったのか」と悟る。人々の痕跡による環境ストーリーテリングが、突然に人々が消えた異常状態に凄まじい説得力を持たせている。

 

「小物や衣服をどこに配置するかやどういうシチュエーションを想定して置くかについては本当に背景チームが率先してやってくれました」と木村D。

次の世代に託す

ところで、作業において相手を信じて作らせることは、Tango Gameworks全体においても大切にされている哲学のようだ。「バイオハザード」の生みの親として知られるスタジオ代表の三上真司氏は『Ghostwire: Tokyo』にほとんど関わることなく、木村Dにすべてを託していたらしいのだ。

「手前味噌にはなってしまいますが、かなりお金もかかっている大きなプロジェクトをポンと新しいディレクターに任せられるのはかなり珍しいんじゃないかと思います。三上は『あなたがディレクターなんだから頭になって作りなさい』というスタンスで、「こうしなさい」と言うこともないんですね。そこは本当に素晴らしいところだなと思います」と木村P。

歴史が長く、伝説的なクリエイターも多い日本のゲーム業界において、新進気鋭のクリエイターが輝ける舞台は少ないはずだ。著名クリエイターがリードするプロジェクトは注目を集めやすく、日本独特の縦社会もあってか、日本の若手クリエイターたちが主導した大規模ゲームは残念ながら少なくなった。

「初めてディレクターをやりましたし、完全新作なので『伝わるかな』とドキドキしながら作っていました。リリースしてからいろんな人たちが僕らの想定したとおりに楽しんでくれているのを見て、本当にうれしく思っています」と木村D。

ゲーム内データベースに「けん玉」から「ツナマヨのおにぎり」まで、日本人にとって日常の一部であるものの細かい説明が施されている本作。外国人に日本という国やその風習を見せる意図も強く感じられる。木村Dは「国や文化問わず多くの人に楽しんでもらいたかったし、日本を知るきっかけになったらうれしい」と語る。初めてディレクターを務めたクリエイターが全世界に向けて東京の独特な魅力を作品でアピールしようとしているのだ。日本を愛するひとりとして、筆者もうれしく思う。

ジャンルに囚われず新しいものを作り、10年に1本は人々の記憶に残るゲームを作る。Tango Gameworksが掲げたこの方針だが、木村Pは『Ghoswire: Tokyo』がその第一歩となった、真の意味でTango Gameworksらしい作品だと語る。『Ghostwire: Tokyo』の続編やDLCがいつかやってくると信じつつ、まったく別の作品で再び驚かせてくれる日にも期待したい。

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Ghostwire: Tokyo

Tango Gameworks | 2022年3月25日
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